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東京地方裁判所 昭和50年(刑わ)3955号 判決 1977年3月14日

主文

一  被告人飯塚雄亮を懲役三年六月に、

同高木英夫を懲役三年に、

同中村勤を懲役二年に、

同平沼弘を懲役一年六月に

各処する。

二  未決勾留日数中、被告人飯塚雄亮及び同中村勤に対しては各五〇日を、被告人高木英夫に対しては四八〇日を、被告人平沼弘に対しては一二〇日を、それぞれの刑に算入する。

三  被告人平沼弘に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

四  被告人飯塚雄亮及び同平沼弘から、押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券四枚の各偽造部分を、被告人飯塚雄亮、同平沼弘及び同高木英夫から、押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券一七枚の各偽造部分を、

被告人飯塚雄亮及び同高木英夫から、押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券一〇枚の各偽造部分を、

被告人飯塚雄亮、同高木英夫及び同中村勤から、押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券一七枚の各偽造部分を、

被告人飯塚雄亮及び同中村勤から、押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券一五枚の各偽造部分を

それぞれ没収する。

五  被告人中村勤に対する本件公訴事実中、同被告人が被告人飯塚及び同高木と共謀のうえ、(1)昭和五〇年七月一五日ころ有価証券一通を偽造し、同日ころ有限会社大栄商事においてこれを行使し五〇万円を騙取したとの点及び(2)同年八月六日ころ、有価証券一通を偽造し、同日ころ飯田橋観光リースこと岸田肇方において、これを行使し二八万二〇〇〇円を騙取したとの点については、被告人中村勤は無罪。

六  訴訟費用は被告人平沼弘の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人飯塚は、印刷の取次業を営み、ゴルフ場の経営等を業とする新日本興産株式会社(以下新日本興産と略称する)を得意先として同社に出入し、かつて同社に納品した額面一〇〇万円の梓ゴルフ倶楽部預り金証券用紙と同種のもの約一〇〇枚を所持していた者、被告人平沼は右会社の経理係長として同社の社印、社長印等を使用し得る立場にあり、被告人飯塚と親しく交際していた者、被告人高木は、ゴルフ用品販売業を営み、昭和五〇年一月ごろ知人の紹介で被告人飯塚を相知るに至った者、被告人中村は、ゴルフ専門雑誌社に長く勤務した後、不動産関係の会社で担当していたゴルフ場の総合企画の仕事が行詰ったことから、知人の紹介で同年五月末ころから被告人高木の事務所を借りて新たな仕事を探していた者であるが、

第一、一 被告人飯塚及び同平沼は、共謀のうえ、行使の目的をもって、被告人平沼において、昭和五〇年二月下旬ころ、東京都千代田区神田小川町三丁目六番地新日本興産において、ほしいままに被告人飯塚が所持していた同会社代表取締役社長木村敬一名義の額面一〇〇万円の梓ゴルフ倶楽部預り金証券(以下、預り金証券と略称する)用紙一二枚を用い、その社名部分に同会社の社印を、その社長の名下に同会社代表取締役の印を、同用紙上部に同会社の割印をそれぞれ押捺したうえ、

1  別表一―一の1ないし5、7、9の七枚については、いずれも同表1ないし5、7、9記載のとおり、同月下旬ころから同年四月一六日ころまでの間、被告人飯塚が、同区神田神保町一丁目三二番地株式会社フタバプリント社(以下フタバプリント社と略称する)において、情を知らない同社社員をして、ほしいままにタイプで各用紙の会員名欄、発行日欄、記号番号欄にそれぞれ偽造内容欄記載のとおり記入させ、

2  同表6及び8の二枚については、被告人飯塚が、同年四月一日ころ、フタバプリント社において、情を知らない同社社員をして、ほしいままにタイプでその発行日欄、記号番号欄にそれぞれ偽造内容欄の右欄のとおり記入させ、次いで被告人高木がその情を知りつつ、その犯行に加担し、ここに同被告人は、被告人飯塚、同平沼と共謀を遂げ、被告人高木が、そのころ、同区神田神保町一丁目二二番地有限会社アイデンタイプ(以下アイデンタイプと略称する)において、情を知らない同社社員をして、ほしいままにタイプでその会員名欄にそれぞれ「高木英夫」と記入させ、

3  同表10ないし12の三枚については、被告人高木がその情を知りつつ、その犯行に加担し、ここに同被告人は、被告人飯塚、同平沼と共謀を遂げ、同表10ないし12記載のとおり、被告人飯塚あるいは同高木において、同年五月一四日ころから同月二四日ころまでの間フタバプリント社あるいは同区神田小川町三丁目一〇番地株式会社日興総業(以下日興総業と略称する)において、情を知らない同社社員らをして、ほしいままにタイプで各用紙の会員名欄、発行日欄、記号番号欄にそれぞれ同表偽造内容欄記載のとおり記入させ、

もって新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の有価証券である預り金証券一二通を偽造し、

二 被告人飯塚及び同平沼は、共謀のうえ、被告人飯塚において、

1  昭和五〇年二月二七日ころ、同都渋谷区渋谷三丁目二五番一〇号鳥海ゴルフこと李泰熙方において、同人に対し、別表一―一の1ないし3記載の偽造の預り金証券三通を真正なもののように装い、一括提出して行使し、「これは私の物だが、これを担保にして金を貸して貰いたい。」旨嘘を言って、同人をして右証券が真正な証券であって十分担保価値があるものと誤信させ、よって、同日同所において、同人から貸借名下に現金一〇九万二〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し(昭和五〇年一〇月九日付起訴状第一の二の事実、以下50・10・9第一の二と略記する。)、

2  同年四月一八日ころ、同都練馬区北町一丁目二六番四号ホテル富二東武練馬支店において、株式会社明正代表取締役倉田義則に対し、別表一―一の9記載の偽造の預り金証券一通を前同様真正なもののように装い、提出して行使し、前同様嘘を言って、同人を前同様誤信させ、よって、同日同所において、同人から貸借名下に現金三四万四〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し(51・1・29、第一の二)、

三 被告人飯塚、同平沼及び同高木は、共謀のうえ、

1  被告人飯塚及び同高木において、同年三月二七日ころ、前記鳥海ゴルフこと李泰熙方において、情を知らない小村井隆をして右李に対し、別表一―一の4及び5記載の偽造の預り金証券二通を真正なもののように装って、一括提出させて行使し、右小村井をして鴨田秀夫と名乗らせたうえ、「これは私のものだが、これを担保にして金を貸して貰いたい」旨嘘を言わせて、右李をして、前同様誤信させ、よって、同日同所において、右李から貸借名下に現金七二万八〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し(50・11・7、第一の二)、

2  別表一―二記載のとおり、同年四月一日ころから同年五月二四日ころまでの間五回にわたり、同都港区南青山五丁目九番一五号昭和ゴルフ振興株式会社(以下昭和ゴルフと略称する)ほか二か所において、同社社員三島康裕ほか二名に対し、同表欺罔者欄記載の者において、その都度別表一―一の6ないし8及び10ないし12記載の偽造の預り金証券をそれぞれ真正なもののように装い、提出して行使(別表一―二の1の二通は一括行使)し、別表一―二の欺罔内容欄記載の方法により右三島らを前同様誤信させ、よって、その都度同人らから現金合計二六三万四〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、

第二  被告人飯塚、同平沼及び同高木は、共謀のうえ、

一  行使の目的をもって、被告人平沼において、同年四月中旬ごろ、新日本興産において、ほしいままに前記預り金証券用紙九枚を用い、その社名部分に同会社の社印を、前記社長の名下に同会社の取締役会の印を、同用紙上部に同会社の割印をそれぞれ押捺したうえ、別表二―一記載のとおり被告人飯塚あるいは同高木において、同年六月三日ころから同月二四日ころまでの間フタバプリント社あるいはアイデンタイプにおいて情を知らない同会社社員らをしてほしいままにタイプで各用紙の会員名欄、発行日欄、記号番号欄にそれぞれ同表偽造内容欄記載のとおり記入させ、もって新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の有価証券である「預り金証券」九通を偽造し、

二  別表二―二記載のとおり、同年六月三日ころから同月二四日ころまでの間九回にわたり、同都渋谷区円山町五丁目六番地金融業「はまだや」こと矢吹昌平方ほか四か所において、同店店員山下登ほか四名に対し、同表欺罔者欄記載の者において、その都度別表二―一記載の偽造の預り金証券合計九通をそれぞれ真正なもののように装い提出して行使し、別表二―二の欺罔内容欄記載の方法により右山下らをして右証券が真正な証券であって十分担保価値があるものと誤信させ、よって、その都度同人らから現金合計四二五万円の交付を受けてこれを騙取し、

第三  被告人飯塚及び同高木は、共謀のうえ、

一  行使の目的をもって、被告人飯塚において別表三―一記載のとおり、同年六月二四日ころから同年八月五日ころまでの間、同都千代田区神田神保町一丁目四〇番地の同被告人の事務所において、ほしいままに、前記預り金証券用紙一一枚を用い、その社名部分に偽造した同会社印を、前記社長の名下に偽造した同会社代表取締役印を、同用紙上部に偽造した同会社割印をそれぞれ押捺したうえ、被告人高木において、同表記載のとおり、同年六月二四日ころから八月五日ころまでの間アイデンタイプあるいは日興総業において、情を知らない同社社員らをして、ほしいままにタイプで各用紙の会員名欄、発行日欄、記号番号欄にそれぞれ同表偽造内容欄記載のとおり記入させ、もって新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の有価証券である預り金証券一一通を偽造し、

二  別表三―二記載のとおり、同年六月二五日ころから同年八月一四日ころまでの間七回にわたり、同都豊島区西池袋一丁目三九番四号加芳商事ほか四か所において、同社代表取締役吉田春吉こと金鐘台ほか四名に対し、同表欺罔者欄記載の者において、その都度別表三―一の1ないし6、8ないし11記載の偽造の預り金証券合計一〇通を真正なもののように装い提出して行使(別表三―二の1、4、7は各二通を一括行使)し、別表三―二の欺罔内容欄記載の方法により右金らをして、右証券が真正なものであって、十分担保価値があるものと誤信させ、よって、その都度同人らから現金合計三九八万七五〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、

第四  被告人飯塚、同高木及び同中村は、共謀のうえ、

一  行使の目的をもって、被告人飯塚において、別表四―一記載のとおり、同年七月九日ころから同年八月初旬ころまでの間、同被告人の前記事務所において、ほしいままに、前記預り金証券用紙一六枚を用い、その社名部分に偽造した同会社印を、前記社長の名下に偽造した同会社代表取締役印を、同用紙上部に偽造した同会社割印をそれぞれ押捺したうえ、同表記載のとおり、被告人高木あるいは同中村において、同年七月九日ころから同年八月二三日ころまでの間アイデンタイプにおいて、情を知らない同社社員をして、ほしいままにタイプで各用紙の会員名欄、発行日欄、記号番号欄にそれぞれ同表偽造内容欄記載のとおり記入させ、もって新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の有価証券である預り金証券一六通を偽造し、

二  別表四―二記載のとおり、同年七月九日ころから同年八月二三日ころまでの間一四回にわたり、同都港区新橋四丁目一〇番八号有限会社大栄商事ほか六か所において、同社社員鈴木基財ほか六名に対し、同表欺罔者欄記載の者において、その都度別表三―一の7及び別表四―一各記載の偽造の預り金証券合計一七通を真正なもののように装い提出して行使(別表四―二の3、4、5は各二通を一括行使)し、別表四―二欺罔内容欄記載の方法により、右鈴木らをして、右証券が真正なものであって、十分担保価値があるものと誤信させ、よって、その都度同人らから現金合計六二三万五四〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、

第五  被告人飯塚及び同中村は共謀のうえ、

一  行使の目的をもって、被告人飯塚において、同年八月一日ころ、同被告人の前記事務所において、ほしいままに前記預り金証券用紙一〇枚を用い、その社名部分に偽造した会社印を、前記社長の名下に偽造した同会社代表取締役印を、同用紙上部に偽造した同会社割印をそれぞれ押捺したうえ、被告人中村において、同月二日ころ、アイデンタイプにおいて、情を知らない同社社員をして、ほしいままにタイプで、各用紙の記号番号欄にそれぞれ、「SP061」「SP062」「SP063」「SP064」「SP065」「SP066」「SP067」「SP068」「SP069」「SP070」と記入させ、もって新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の有価証券である預り金証券一〇通を偽造し(51・1・29第五の一の一部)、

二  被告人中村において、同月四日ころ、崎玉県熊谷市筑波二丁目四九番地喫茶店「宝石」店舗内において、情を知らない田中幸之ほか二名を介し、遠藤光明及び望月孝夫に対し、前記第五の一記載の預り金証券一〇通を真正なもののように装い、新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の覚書等と共に一括提出して行使し、「これを担保として三〇〇万円貸して貰いたい。」旨告げて、右遠藤及び望月をして右証券が真正なものであって、十分担保価値があるものと誤信させ、よって同日ころ、同所において、同人らから現金二七九万円の交付を受けてこれを騙取し(51・1・29第五の二)、

三  行使の目的をもって、被告人飯塚において、同月七日ころ、同被告人の前記事務所において、ほしいままに前記預り金証券用紙五枚を用い、その社名部分に偽造した会社印を、前記社長の名下に偽造した同会社代表取締役印を、同用紙上部に偽造した同会社割印をそれぞれ押捺したうえ、被告人中村において、同月八日ころ、アイデンタイプにおいて、情を知らない同社社員をして、ほしいままにタイプで、各用紙の記号番号欄にそれぞれ、「SP012」「SP013」「SP014」「SP015」「SP016」と記入させ、もって新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の有価証券である預り金証券五通を偽造し(51・1・29第五の一の一部)、

四  被告人中村において、同日ころ、東京都台東区上野三丁目一六番一三号田口ビル内株式会社大国台東支店五代事務所において、情を知らない田中幸之、酒井保斗及び金原こと金鐘宇を介し、大松こと孫勝美に対し、前記第五の三記載の偽造の預り金証券五通を真正なもののように装い、新日本興産代表取締役社長木村敬一名義の覚書等と共に一括提出して行使し、「これを担保として一五〇万円貸してもらいたい。」旨告げて、右孫をして、右証券が真正なものであって、十分担保価値があるものと誤信させ、よって、同日ころ、同所において、同人から現金一三八万円の交付を受けてこれを騙取し(51・1・29第五の三)

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(訴因に対する判断)

被告人中村に対する本件公訴事実中、

一  昭和五一年一月二九日付起訴状第四の二の別表三―一の2及び第四の三の別表三―二の各記載の公訴事実の要旨は、「被告人中村は、被告人飯塚及び同高木と共謀して、判示第三の一の別表三―一の8記載の有価証券偽造及び第三の二の別表三―二の5記載の偽造有価証券行使、詐欺の各犯行を行なった」というのである。

しかしながら前掲証拠によれば、昭和五〇年七月一四日ころ、被告人飯塚が同被告人の前記事務所において、預り金証券用紙に偽造会社印等を押捺したうえ、被告人高木が前記アイデンタイプにおいて、これに会員名、記号番号等をタイプで記入させて偽造を完成し、翌一五日ころ同被告人がこれを有限会社大栄商事に持ち込んで担保として借用名下に五〇万円を騙取したことが認められ、被告人中村が右犯行に直接関与したと認むべき証拠は全くなく、同被告人に関しては僅かに、同被告人の司法警察員に対する昭和五〇年一〇月二四日付供述調書に、被告人高木が大栄商事に行く前に同被告人が「これから大栄に行って金融してくる。」と言うのを聞いたとの記載があるのみであって、外に被告人高木らとの共謀を認むべき証拠もないから、被告人中村が右犯行に加担したものと評することはできない。

二  前記起訴状第四の二の別表三―一の9及び第四の三の別表三―二の9各記載の公訴事実の要旨は、「被告人中村は、被告人飯塚及び同高木と共謀して判示第三の一の別表三―一の11記載の有価証券偽造及び第三の二の別表三―二の6記載の偽造有価証券行使、詐欺の各犯行を行なった」というのである。

しかしながら、前掲証拠によれば、昭和五〇年八月五日ころ、被告人飯塚及び同高木が前同様の方法で預り金証券を偽造したうえ、翌六日ころ、被告人高木がこれを数日前被告人中村の紹介で行ったことのある飯田橋観光リースこと岸田肇方に持ち込んで前同様の方法で二八万二〇〇〇円を騙取したものであることが認められ、被告人中村に関しては、被告人高木の司法警察員に対する昭和五〇年一一月一三日付供述調書(九枚綴の分)中に「中村君には『飯田橋観光リースで処分するよ』と断り……」との記載があるのみであって、他に被告人中村が右犯行に直接関与したことや被告人高木らと共謀したことを認むべき証拠は全くない。

よって、右一及び二の公訴事実についてはいずれも犯罪の証明がないことになるから刑事訴訟法三三六条により被告人中村に対し、右の点について無罪の言渡をする。

なお、検察官は、判示第一の三の1について、被告人飯塚、同平沼及び同高木が小村井隆と共謀のうえその犯行を行なったと主張するが、同人が預り金証券を偽造の物であると認識していたと認めるに足る証拠はないので、判示のとおり認定した。

(弁護人の主張に対する判断)

一  被告人飯塚の弁護人は、同被告人は、判示認定の偽造有価証券行使、詐欺のうちの一部については、実行行為に関与していないし、他の被告人と共謀したこともない旨主張する。

なるほど、判示犯行中には、被告人飯塚が、右行使、詐欺の実行行為そのものに関与しなかったものや、騙取した金員を受け取っていないものがあることは認められるが、前掲各証拠によれば、被告人飯塚は、偽造が完成し、あるいは、会社印等を押捺して主要部分の偽造を了した偽造預り金証券や、偽造に必要な預り金証券用紙、偽造印等を自ら保管していたものであり、被告人高木あるいは同中村にこれら偽造証券を渡したのは、同被告人らをして、これを金融業者に担保に差し入れさせ、右被告人ら三名において使用する資金を金融業者らから借用名下に騙取させるためであって、被告人飯塚において、騙取金を被告人高木、同中村から受領する意思がなく、専らそれを同被告人らの費消にまかせる意思で、同被告人らに本件偽造証券を渡した場合においても、それは同被告人らが、被告人飯塚のため金融業者から金員を詐取してきたことに対する謝礼ないし報酬的意味合いがあってのことであり、また、被告人高木、同中村らにしても、被告人飯塚から本件偽造証券の一部を自己のために金融に使用することや、騙取金の一部を分配金として貰えることが認められたからこそ、被告人飯塚のため、その労をとったものであって、互いに利用し合う意図の下に右偽造証券を金融業者に持ち込んでこれを行使し、欺罔して金融名下に金員を騙取していたことが明らかであり、たとえ被告人飯塚が結果的に金融を得ることができなかったり、被告人高木らが、同被告人らのためにこれを使用したりしたとしても、共謀者として、その責を負うべきは当然といわなければならない。

二  被告人中村の弁護人は、被告人中村が、本件預り金証券が偽造されたものであると知ったのは、昭和五〇年七月末日ころであって、少くとも同月一五日ころまでは、本件証券が新日本興産株式会社の酒勾専務から被告人飯塚に対し、同被告人に支払うべき金員の代物弁済として交付された会員名無記載の証券で、その記号番号、発行年月日、会員名等は、酒勾専務の指示と了解を受けて記入しているものであると信じていたものであり、同月一六日以降同月末ころまでは、右証券が同会社の正式に発行したものではなく、名義書換が問題なく行なわれる証券でないことは知っていたが、偽造されたものであるとの認識はなかった旨主張し、被告人中村も当公判廷で同旨の供述をしている。

しかしながら、前掲各証拠によれば、被告人中村は、昭和五〇年六月末ごろまでに、本件預り金証券を担保とする金融業者からの借り入れに五回関与し、そのうち、三回は同被告人自ら、会員でもないのに自己の証券であるといって金融を受けていること、右五回のうち四回は、預り金証券譲渡の際通常添付する会員証(パス券)が無かったこと、同年六月下旬には、自らタイプ業者に会員名等の記載を依頼していること、同年七月初めころには、既に担保に提供して金融を得た証券の記号番号と同一の記号番号を自ら他の証券にタイプ記入させたうえ、これを金融のため前記大栄商事に持ち込み、その点を指摘されたにもかかわらず、その証券を更に他の金融業者(新東京ローン)に持ち込み、同月五日、右金融業者から「右証券について新日本興産に問い合わせたら名義書換はできないといわれた」旨の電話連絡を受けていることが認められ、右事実からすれば、同被告人は七月五日ころには本件預り金証券が偽造されたものであることを認識していたと認めるのが相当である。

三  弁護人らは、本件預り金証券は、単なる私文書であって、有価証券ではないと主張し、その理由を詳述するが、その要旨は、

刑法上、有価証券とは、財産権を表彰する証券であって、権利の行使又は移転に証券の占有を必要とするものをいうと解されるが、本件預り金証券は右の要件を具備していない。即ち、右証券には、その表面に「金壱百万円、上は梓ゴルフ倶楽部会員資格保証金として正にお預り致しました。一、この会員資格保証金は本証発行の日から拾か年間据置、其の後御請求により何時でも返金致します。二、この会員資格保証金には利息をつけません。三、会員の資格は当会社の承認を得て、何時でも自由に他人に譲渡することができます。但し証券の裏面へ記名捺印の上別に定めた書換手数料を添えて御届け下さい。」と記載され、その裏面に「裏書又は登録年月日」欄、「裏書人氏名」欄、同人の「捺印」欄、「取得者氏名」欄、同人の「捺印」欄、「取締役証印」欄が印刷されているが、ゴルフ会員権の最も重要な権利であるゴルフ場施設の優先的利用権に関する表示はなされておらず、預託金返還請求権の具体的内容等の表示もないから、右証券は証拠証券にすぎない。また、ゴルフ場を優先的に利用するには、預り金証券を所持している必要はなく、会員証(パス券)等によって会員であることを証明すれば足りるのに対し、預り金証券を所持していても譲渡について承認を受けていない限り会員としてゴルフ場を優先的に利用することができないし、預託金の返還請求についても、証券を紛失した場合には、これを証明すれば足り、必ずしも証券の占有を要しないから、権利の行使に証券の占有を必要としているとはいえない。更に、本件梓ゴルフ倶楽部の会員権を移転するには、預り金証券の外に、譲渡人及び譲受人が連名で署名捺印した名義書換申請書、会員証、譲渡証明書、譲渡承認申請書、譲渡人及び譲受人の印鑑証明書を添付して新日本興産株式会社に提出したうえ、同倶楽部理事会の承認を得ること及び名義書換料を支払うことが必要とされ、譲渡の自由が甚しく制限されている。その他取引慣行上も有価証券として取扱われておらず、本件預り金証券は、その権利化体の面、権利の行使及び移転の面のいずれからみても有価証券と認めることはできない。

というのである。

そこで検討するのに、前掲各証拠によれば、梓ゴルフ倶楽部は、同倶楽部の会員をもって組織する一種の親睦団体であって、それ自体独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体を有せず、新日本興産株式会社が所有するゴルフ場の管理、運営を同会社から委ねられ、これを、自主的に代行しているに過ぎないものであること、本件預り金証券(その表面及び裏面に弁護人主張のとおりの記載が認められる)は、同会社に所定の書類を提出して、同会社の承認を得たうえ同倶楽部会員資格保証金として券面額の金員を預託した者に対し、同会社が発行するものであって、これにより同金員預託者は右倶楽部会員と認められ、同倶楽部の管理運営するゴルフ場施設を優先的に利用しうる権利を取得し、一〇年の据置期間経過後退会すれば右預託金の返還を請求することができる反面、年会費納入等の義務をも負担し、同会社の承認を得て会員権(以上のような内容を有する債権的法律関係)を他に譲渡することもできるものであること、右会員権は右預り金証券の譲渡を受け、これに必要書類(概ね弁護人主張通りのもの)と名義書換料を添付して右会社に提出し、同会社の承認を得ることによっても得られることが認められる。

ところで、刑法上、有価証券とは、証券に表示されている権利の行使又は移転に通常その証券の占有を必要とするものを指称するのであるが、その証券上の権利が証券の記載内容からは必ずしも明瞭とは言い難い場合でも取引上の慣習と相まって、その権利が証券に表彰されているものと同様に取引の客体とされているものも刑法上の有価証券と解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷判決昭和三四年一二月四日刑集一三巻一二号三一二七頁)。

これを本件についてみると、本件証券は、その記載内容からすれば、券面額の梓ゴルフ倶楽部会員資格保証金を預託した者が、証券発行の日から一〇年経過後新日本興産株式会社に対し、右預託金の返還を請求し得る権利を有することを表示し、前記のような梓ゴルフ倶楽部の会員権そのものを明瞭に表示しているとは言い難いけれども、証人新井和美の証言及び関東近県ゴルフ場会員権売買ガイドによれば、ゴルフ会員権は、弁護人が主張するような必要書類を添付したうえ、預り金証券の裏書または交付という方法により自由に取引されており、その売買を斡旋し、あるいはこれを担保として金融をする業者も少なくなく、これらの業者は同業者の組合ないしは協会を組織し、互に連絡をとりつつ、会員権の相場表を発行し、あるいは、その取引希望価格をゴルフ雑誌等に広告するなどして社会一般に宣伝し、これがその市場価格を形成していること、そして、その価格は一般に、会員が優先的に利用し得るゴルフ場の設備、交通の便、環境、会員数の多寡、ゴルフ場ないしはゴルフ倶楽部に対する社会的評価等によって決められているのが現状であって、券面額を遙かに上回り、券面額の何倍という高額であることも珍らしいことではなく、それは、まさにゴルフ場の優先利用権の価値であるといって妨げないものであること、しかるに会員権の取引は前記のとおり右証券の裏書又は交付という右証券の移転によってのみ行われているのが、取引の実状であることが認められるのであって、これらの事実からすれば、取引慣習上はゴルフ会員権が右証券に表彰されているのと同様に取扱われているものと認められる。

次に権利の行使の点についてみるのに、右証券上、預託金の返還請求に右証券を必要とする旨の明示の文言はないけれども会員資格を譲渡するには右証券の裏面に記名捺印することを要すると記載されていることとの対比からすれば、預託金の返還請求に右証券を要することはむしろ当然のこととして、これを前提にしているものと認められる。また、ゴルフ場を優先的に利用するには、右証券に基づいて作成された梓ゴルフ倶楽部の会員名簿に登載された者だけに発行交付される会員証(パス券)を必要とすることが証拠上明らかであるから、間接的ではあるけれども右証券によってその権利を行使しているものと解される。もっとも、右証券を持っていても名義書換がなされない限り優先的にゴルフ場を利用し得ないことは弁護人所論のとおりであるけれども、これは多数かつ変動する会員を画一的に取扱うため、このような規則を採用したことの必然の結果であり、記名株式の社員権行使の場合にも同様の取扱いがなされているのであって、このことは、右証券の有価証券性を何ら左右するものではない。

更に、権利の移転についてみるのに、証人新井和美の証言によれば、会員権の譲渡には発券会社あるいは当該ゴルフ倶楽部理事会の承認を要するのが一般であり、中には、会員の資格要件を可成り厳格に定めているゴルフ倶楽部もあるけれども、国籍かせいぜい年令による制限にとどまるのが通例であることが認められ、新日本興産の専務取締役である証人酒勾健秀の証言によれば、同会社においては名義書換を拒否することは殆どなく、これまでに外国人について拒否した例が数件あるにすぎないことが認められ、右事実からすれば、右承認の基準は必ずしも厳格ではなく、格別の事情がない限り名義書換の申請があれば、承認されるのが普通であって、右承認を必要とするが故に、取引の自由が著しく制限されているものとは認められない。なお、弁護人は、記名証券の場合、証券の交付の外、所掲の書類及び手数料を添付して名義書換を要するから有価証券とはいえないというけれども、そのことが直ちに、右証券の有価証券性を損わせるものとは考えられない。

そして、証人新井和美の証言及び関東近県ゴルフ場会員権ガイドによれば株主組織のゴルフ倶楽部の会員権の取引等については、刑法上有価証券とされている株券が、前記預り金証券と全く同様の役割を果しており、ゴルフ場の利用方法、株券の譲渡方法等についても本件のような預託金会員組織のゴルフ倶楽部の場合と何等異るところがないことが認められる。

以上の次第で、本件預り金証券は、その記載内容と取引上の慣習と相まって、少なくとも、会員資格保証金の返還請求権及び前記会員権が証券に表彰されているものと同様に取引の客体とされているものと認められるから、刑法上の有価証券に該当すると解するのが相当であり、弁護人らの右主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人飯塚の判示全所為、被告人平沼の判示第一、第二の各所為、被告人高木の判示第一の一の2、3、第一の三、第二、第三、第四の各所為、被告人中村の判示第四、第五の各所為のうち、有価証券偽造の点は、それぞれ刑法六〇条、一六二条一項に、各同行使の点は、それぞれ同法六〇条、一六三条一項に、各詐欺の点は、それぞれ同法六〇条、二四六条一項に該当するところ、被告人らの各有価証券偽造とその各行使と各詐欺との間並びに被告人高木の判示第一の三の1、第一の三の2の別表一―二の1のSV124及び被告人中村の判示第四の二の別表四―二の12の各偽造有価証券行使と各詐欺との間には、それぞれ手段結果の関係があり、判示第一の二の1、第一の三の1、第一の三の2の別表一―二の1、第三の二の別表三―二の1、4、7、第四の二の別表四―二の3、4、5、第五の二、四の各偽造有価証券の一括行使は、いずれも一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、右一括行使のあるものについては同法五四条一項前段、後段、一〇条により、その余については同法五四条一項後段、一〇条により、それぞれを一罪として、いずれも犯情の最も重い偽造有価証券行使罪の刑(但し、判示第一の二の1についてはSV110の、判示第一の三の1についてはSV143の、判示第一の三の2の別表一―二の1、第三の二の別表三―二の1、4、7、第四の二の別表四―二の3ないし5についてはそれぞれ各右側掲記の、判示第五の二についてはSP061の、判示第五の四についてはSP012の、各証券のそれによる)で処断することとし、被告人らの以上の各罪は、それぞれ同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、被告人飯塚及び同平沼については犯情も最も重い判示第一の二の1の罪の刑に、被告人高木については犯情の最も重い判示第三の二の別表三―二の1の罪の刑に、被告人中村については犯情の最も重い判示第五の二の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人飯塚を懲役三年六月に、同高木を懲役三年に、同中村を懲役二年に、同平沼を懲役一年六月に各処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中、被告人飯塚及び同中村に対しては各五〇日を、同高木に対しては四八〇日を、同平沼に対しては一二〇日を、それぞれその刑に算入し、被告人平沼に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、主文第四項掲記の押収してある梓ゴルフ倶楽部預り金証券合計六三枚の各偽造部分は、いずれも当該被告人らの判示各偽造有価証券行使罪の犯罪行為を組成したもので、なんぴとの所有をも許さないものであるから同法一九条一項一号、二項により、それぞれ当該被告人からこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人平沼にこれを負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 青木正良 裁判官八束和廣は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 小野幹雄)

<以下省略>

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